高山ラーメン

主に岐阜県高山市で食べられる。葱、叉焼、メンマなどのシンプルな具に、醤油ベースのスープを加えて、ゆでた麺にかけたもの。飛騨ラーメン(ひだラーメン)と呼ばれることもあり、また地元では「中華そば」と書かれた暖簾を揚げることも多い。

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量はほかのラーメンと比べて少なめで
他のご当地ラーメンと比べると、スープの作り方がかなり特徴的で
スープとたれを一緒に混ぜて、寸胴で煮込む。スープは鶏がらを中心に鰹節、野菜をベースにしたもの。たれは醤油、味醂などをあわせたもの。
麺は平打ちで細く、縮れが強い。加水率は、28パーセント~32パーセントと低い低加水麺。

具は叉焼(バラ肉)、飛騨葱、メンマを使う。

量的に普通にラーメンの感覚で食べると物足りないかも・・。

鬼岩公園

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岐阜県可児郡御嵩町から瑞浪市に渡る公園である。飛騨木曽川国定公園にある。
木曽川の支流である可児川の源流付近にあり、花崗岩が何百万年にわたって侵食されてできた巨岩や奇石がある。また、ツツジやモミジが多くあり、秋は紅葉の名所となっている。
近くには、硫黄化水素泉、ウラン鉱泉の鬼岩温泉がある。
「関の太郎」という鬼人が住んでいた事から、この地を鬼岩と呼ぶようになったという。
「関の太郎」とは、1200年頃この地に住み、住民や東山道(古代の道路)を行きかう旅人に悪行を行なった鬼である。後白河法皇の命により派遣された兵士により討伐されたという。

1986年から毎年2月3日の節分に行われている節分祭り。「関の太郎」が福鬼としてよみがえり厄払いをすると云われている。鬼が福を運んでくるため、豆を撒く時の掛け声が通常とは異なり「鬼は内、福は内」となっている。

母袋燻り豆腐

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今から700年以上前、鎌倉時代につくり初められたのではとの言い伝えがあり、一説には平家の落人が製法を伝えたと も 言われています。

当時の山越えの旅は一歩間違えば死をも覚悟の命がけ、道に迷いガケに落ち、病にかかる、空腹など不安がいっぱい。そこで、栄養価があり保存の良い燻り豆腐を開発、大豆を大量に使い長時間いぶし薫製に仕上げた燻り豆腐は日持ちが良く量目も少なくてすむため、携帯保存食として重宝がられました。すべて、手作りのため大量生産はできませんが、全国でも類のない豆腐薫製という形で、今も造り続けられています。
チーズのようなと言われてますが、好みでかなり好き嫌いが別れるみたいですね。

安国寺

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安国寺(あんこくじ)は岐阜県高山市(旧吉城郡国府町)にある臨済宗妙心寺派の寺院。山号は太平山。本尊は釈迦牟尼仏(釈迦如来)。飛騨三十三観音霊場11番札所。経蔵は国宝に指定されている。

安国寺経蔵-応永15年(1408年)の建築。入母屋造、杮葺き。柱間正面・側面とも1間の身舎(もや)の周囲に裳階(もこし)を付した禅宗様建築。身舎の柱間は外見からは正側面とも3間に見えるが、内側の2本は柱ではなく束(つか)である。建物内部に入ると4本の独立柱が立ち、方一間の身舎の周囲に裳階をめぐらした構造であることがわかる。禅宗様建築では、組物を密に並べ(詰組)、垂木は扇垂木とする例が多いが、本建物では組物の数が少なく、垂木も平行垂木で疎らに配されており、全体に簡素な意匠になる。内部には輪蔵(回転式の経蔵)がある。年代の明らかな輪蔵として日本最古のものとして貴重である。

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美濃焼

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美濃焼の歴史は古く、今から1300年以上前まで遡ります。
最初は朝鮮半島から須恵器の技術が伝えられました。
平安時代(10世紀)になると白瓷(しらし)と言われる灰釉(かいゆう)を施した陶器が焼かれるようになりました。この白瓷は須恵器を改良し、釉薬(ゆうやく)を使ったものです。
この頃から窯の数も多くなり、本格的な焼き物生産地となりました。
安土桃山時代から江戸時代初頭にかけて、茶の湯の流行とともに、茶人の好みを反映した焼き物が生産されました。
多治見市・土岐市・瑞浪市・笠原町で生産されるやきものの総称をいう。
特に食器類の生産は全国シェアの50%以上を占めており、日本のやきものの代表といっても過言ではありません。日常生活の中で何気なく使われ、知らないうちに暮らしの中にとけこんでいるやきもの、それが美濃焼です。

後で調べてみよっと♪